「偶像」って、いったい何だろう?現代の私たちにも残っている意味

こういうのでいいんだよ

「偶像」という言葉を聞くと、

神様の像や、昔の宗教を思い浮かべる人も多いと思います。

でも、現代ではもう少し広い意味で使われています。

自分の中で勝手に作り上げた、

「こういうものだ」

というイメージ。

それも、ひとつの偶像と言えるのではないでしょうか。

偶像の本来の意味

「偶像」は、もともと宗教的な意味を持つ言葉です。

神や仏などを形にしたもの。

そして、それを拝むこと。

ただし、哲学の世界では、もう少し面白い使われ方をします。

有名なのが、イギリスの哲学者フランシス・ベーコンです。

ベーコンは、人間の思考を邪魔する「イドラ(idola)」について語りました。

ここでいうイドラは、

人間が無意識につくってしまう思い込みや偏見です。

現代の「偶像」は身近にある

例えば、

「有名な人だから正しい」

「この資格を持っているから信頼できる」

「成功した人は幸せだ」

「若い人はこう考える」

「年を取ったらこうあるべき」

こうした考えも、絶対的な事実とは限りません。

知らないうちに、

「そういうものだ」

と決めてしまっているだけかもしれない。

ここが、現代的な「偶像」の面白いところだと思います。

SNS時代は偶像を作りやすい

今は、SNSで誰かの一部分を見ることができます。

楽しそうな旅行。

豪華な食事。

仕事での成功。

毎日の充実した生活。

でも、それはその人の人生全部ではありません。

見えている部分だけから、

「この人は幸せなんだ」

とイメージを作ってしまう。

すると、実際の人物ではなく、

自分の頭の中で作った人物を見ていることになります。

これも現代の「偶像」のひとつなのかもしれません。

哲学的に考えると面白い

偶像そのものが悪いわけではないと思います。

人間は、何かを理解するときにイメージを使います。

問題は、

そのイメージを現実そのものだと思い込んでしまうこと。

「自分はこういう人間だ」

という自己イメージだって同じです。

一度決めてしまうと、

「自分はこんなことはできない」

と可能性まで狭めてしまうことがあります。

だから、ときどき自分の中にある「偶像」を疑ってみる。

これは、哲学を日常生活に持ち込む方法のひとつなのかもしれません。

まとめ

「偶像」は、昔の宗教だけの話ではありません。

誰かに対して作ったイメージ。

社会についての思い込み。

そして、自分自身についての決めつけ。

そんなところにも存在します。

本当の姿と、

自分が作ったイメージ。

その二つを少し離して眺めてみる。

それだけでも、物事の見え方は変わる気がします。

おわりに

オイラは思いました~。

「偶像」なんて聞くと、最初はずいぶん難しい言葉に感じます。

でも考えてみると、

自分の頭の中にも、けっこうありそうです。

「自分はこういう人間だ」

と決めつけていたものも、

実は自分で作った偶像だったりする。

そう考えると、

たまには自分の中の「当たり前」を壊してみるのも悪くない。

壊したら、何が出てくるのか。

それを見てみたいんですよね。

本日の川柳

偶像に されて本人 困惑中

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