「普通はこうでしょ」
自分でも、つい使ってしまう言葉です。
でも最近、この「普通」という言葉に、少し引っかかります。
そもそも、普通って何なんでしょう?
「普通」は誰の基準?
自分にとって当たり前のことでも、相手にとっては違う。
育った環境も違えば、経験してきたことも違います。
だから、
「普通はこうする」
と言われても、
「誰にとっての普通?」
と思ってしまう。
昔は、そんなことを深く考えませんでした
みんなと同じなら普通。
人と違えば変わっている。
そんな感覚が、どこかにあった気がします。
「普通」と「正解」は違う
もう一つ気になるのが、
「普通は〇〇するよ」
という言い方です。
これって、単に「よくあること」を言っているだけなのに、
「それが正しい」
という意味に聞こえることがあります。
普通から外れると、
「おかしいのかな?」
なんて思ってしまう。
でも、よく考えれば、
普通じゃないことと、間違っていることは別ですよね。
じゃあ、何と言えばいい?
最近は、
「自分にとってはこうだった」
くらいで話すほうがいいのかなと思っています。
「普通は」ではなく、
「自分の場合は」
これだけでも、ずいぶん違います。
「多くの場合は」と言えば、一般的な話として伝えられる。
「よくあることだよね」と言えば、相手を否定せずに済む。
言葉を少し変えるだけで、受け取られ方も変わります。
まとめ
「普通」は、とても便利な言葉です。
だからこそ、何気なく使ってしまう。
でも、その普通が誰の基準なのか。
そこを少し考えてみるだけで、見え方が変わってきます。
自分の普通と、誰かの普通。
同じじゃなくていいんですよね。
おわりに
突発的に聴きたくなりました♫
はいだしょうこ「秋桜」- 山口百恵(フル)〈公式〉
オイラは思いました~。
「普通」という言葉をなくす必要はない。
ただ、
「これって誰の普通なんだ?」
と、一回立ち止まってみる。
それだけでも、言葉の使い方が少し変わりそうです。
最近は「普通」という言葉を聞くと、
つい心の中で、
「で、誰の普通?」
とツッコミを入れてしまいます。
本日の川柳
普通って 平均なのか 理想なの