人生を振り返ったら、宿場町と縁がありました

こういうのでいいんだよ

最初に伝えたいこと

最近、江戸時代や宿場町が好きになりました。

歴史の本を読んだり、町を調べると、新しい発見が次々とあります。

そんなある日、ふと自分がこれまで暮らしてきた町を振り返ってみました。

すると、思いもよらない共通点が見えてきたのです。

それは、「宿場町」との縁でした。

生まれた場所は内藤新宿

オイラが生まれたのは新宿です。

現在は高層ビルが立ち並ぶ大都会ですが、江戸時代には甲州街道の宿場町「内藤新宿」がありました。

調べるまでは知りませんでしたが、生まれた場所からすでに江戸の歴史とつながっていたのです。

青春時代は板橋宿の近く

28歳まで過ごしたのは板橋区の住宅街でした。

すぐ近くには、中山道最初の宿場町として栄えた板橋宿があります。

子どもの頃は何も気にせず歩いていた道でした。

でも今思えば、何百年も前から旅人が行き交っていた場所の近くで、青春時代を過ごしていたことになります。

その後は千住宿の近くへ

その後に暮らしたのは足立区の千住エリアでした。

ここは江戸四宿のひとつ、千住宿のすぐ近くです。

調べてみると、この町には数多くの歴史があります。

近くでは森鷗外が暮らしていた場所。

松尾芭蕉が『奥の細道』へ旅立った千住大橋。

そして、尾崎豊さんが倒れているところを発見された早朝の場所も、この近くでした。

何気なく暮らしていた町が、これほど多くの物語を持っていたことに驚きました。

江戸四宿のうち三つと縁があった

江戸四宿とは、江戸の玄関口となった四つの宿場町です。

・内藤新宿(甲州街道)

・板橋宿(中山道)

・千住宿(日光街道・奥州街道)

・品川宿(東海道)

オイラの人生を振り返ると、

生まれたのは内藤新宿。

育ったのは板橋宿の近く。

その後に暮らしたのは千住宿の近く。

つまり、江戸四宿のうち三つと人生の中で縁があったことになります。

これは自分でも驚きました。

点だった出来事が線になる

さらに振り返ると、中学時代にはたまたま一学年違うけど

中山美穂(ミポリン)姉妹と同じ公立中学校だったこともありました。

最近では、足立区出身で歴史タレントしている堀口茉純さんのお話も楽しみにしています。

もちろん、これらは偶然です。

でも、自分の人生を振り返りながら調べていくと、それまで点だった出来事が一本の線でつながっていくような感覚になりました。

歴史は遠い世界ではなかった

昔は江戸時代なんて、学校で習う歴史の一つくらいにしか思っていませんでした。

ところが調べていくうちに、自分が生まれた町、育った町、暮らした町が、江戸の歴史と深く結び付いていることを知りました。

歴史は遠い世界の出来事ではなく、自分が歩いてきた町の中に残っていたのです。

そう思うと、いつもの景色まで少し違って見えてきました。

おわりに

オイラは思いました。

人生には、その時は気付かない「縁」があるのかもしれません。

新宿で生まれ、板橋で育ち、千住で暮らした。

それぞれの町には宿場町の歴史があり、近場で森鷗外が暮らし、松尾芭蕉が旅立ち、尾崎豊さんの人生とも交差する場所がありました。

若い頃には、まったく意識していなかったことです。

でも今、歴史を知るたびに、自分の人生と町の歴史が少しずつ重なっていくような気がします。

これからも本を読み、新しい発見を楽しみながら、自分だけの「人生と歴史のつながり」を探していきたいと思います。

本日の川柳

点だった 人生つながる 宿場町

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