村上信夫シェフとの忘れられない思い出

こういうのでいいんだよ

人生には「あの時間を過ごせて本当に良かった」と思える出会いがあります。

その一人が帝国ホテル初代総料理長・村上信夫シェフでした。

当時は、「すごい先生なんだ」という認識はありましたが、今になって振り返ると、その講義を受けられたこと自体が本当に幸運だったと感じています。

村上信夫シェフとは

村上信夫シェフは、日本のフランス料理界を代表する料理人です。

1939年に帝国ホテルへ入り、ヨーロッパで修業を重ね、1969年には帝国ホテル初代総料理長に就任しました。

日本初の本格的なブッフェレストラン「インペリアルバイキング」の立ち上げや、1964年東京オリンピック選手村の料理長を務めるなど、日本の洋食文化の発展に大きく貢献しました。
いまのブッフェスタイルはここから始まっていると語られています。

また、NHK「きょうの料理」でも長年講師を務め、多くの家庭へ本格的な洋食を分かりやすく伝えたことでも知られています。

講義で作った「フリカッセ・ド・ヴォライユ」

講義では、フランス料理の代表的な一皿である「フリカッセ・ド・ヴォライユ(鶏肉のクリーム煮)」を実際に作りました。

料理の技術だけではありません。

包丁の使い方、火加減、ソースの仕上げ方。

そして何より、「料理は食べる人への思いやり」という姿勢が強く印象に残っています。

レシピだけでは学べない、本物の料理人の考え方に触れられた時間でした。

今だから分かる価値

その頃は知らなかったことがあります。

後に日本を代表するフランス料理人となる 三國清三 が、若い頃に村上信夫シェフのもとで修業していたことです。「三流シェフ」という本を読みました。自分らの年代はまだ、こんな感じの職場の
雰囲気が残ってて共感できる部分があり面白かった。THE昭和の終わり(笑)
本のタイトルに違和感ありました。編集長なら「国宝シェフ」にしたと思う。

その事実を知ったとき、自分が受けた講義の価値を改めて実感しました。

帝国ホテル総料理長から直接学ぶ機会は、誰にでもあるものではありません。

あの時間は、一生の宝物です。

おわりに

オイラは思いました。

若い頃は当たり前だと思っていた経験も、年月が経つほど、その価値が大きく見えてくるものです。

村上信夫シェフから学んだ「料理はまごころ」という考え方は、今でも心に残っています。

ブログを書いている今も、料理と同じように「読む人に喜んでもらえるものを届けたい」。

そんな気持ちは、あの日の講義から少しずつ受け継いできたものなのかもしれません。

なんてね!講義だったのでそこまでキリキリしていませんでした。

本日の川柳

総料理長 厨房みんな 背筋伸ぶ

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