子どもの頃。
後楽園の黄色いビルへ行く日は、朝から楽しみでした。
今では東京ドームシティの施設として親しまれていますが、
当時は「後楽園のローラースケート場」と呼んでいた記憶があります。
遠くから黄色い建物が見えてくるだけで、
胸がワクワクしました。
初めてローラースケート靴を履いた日は、
立つことさえ難しかった思い出があります。
何度も転びました。
壁につかまりながら、
少しずつ前へ進みました。
ようやく滑れるようになった瞬間は、
まるで空を飛んでいるような気分でした。
子どもの頃の感動は、
何十年経っても心に残るものですね。
一日中遊べる場所だった
ローラースケートを楽しみ、
遊園地で遊び、
お腹が空けば食事をする。
また遊んで、
疲れたら少し休む。
そんな一日を過ごしても、
まだ帰りたくないと思える場所でした。
子どもにとっては、
まさに夢のような遊び場だったと思います。
親になってから気づいたこと
子どもが生まれてから、
何度もその場所へ足を運びました。
理由は単純です。
自分が楽しかった場所を、
子どもにも知ってほしかったからです。
ローラースケートをして、
遊園地で遊び、
一緒に食事をする。
何気ない一日でしたが、
今振り返ると、
かけがえのない思い出になっています。
親は思い出を受け継いでいる
親は、おもちゃや物だけを与えているわけではありません。
楽しかった時間。
感動した景色。
忘れられない経験。
そんな思い出も、
子どもへ受け継ごうとしているのかもしれません。
旅行先もそうです。
遊び場もそうです。
好きな食べ物もそうでしょう。
育った環境が、
親になった自分の選択に影響している気がします。
「普通」は人によって違う
でも、
ここで気づくことがあります。
自分にとって当たり前だったことが、
誰かにとっては特別な体験かもしれません。
反対に、
相手にとっての当たり前が、
自分には新鮮に映ることもあります。
育った家庭。
住んでいた町。
親の考え方。
子どもの頃の思い出。
そのすべてが違えば、
価値観も違って当然です。
だから、
「普通はこうだよね。」
そう思ったときほど、
一度立ち止まって考えてみたいものです。
他人は他人。
自分は自分。
その違いを知ることが、
相手を理解する第一歩なのかもしれません。
まとめ
親は、
自分が楽しかった思い出を、
子どもにも体験してほしいと思うものです。
その気持ちは、
幸せだった時間を分けてあげたいという、
親心なのかもしれません。
だからこそ、
人それぞれ育った環境が違うことも忘れたくありません。
自分の基準だけで物事を考えず、
違う価値観にも目を向けたいと思います。
おわりに
オイラは思いました~。
後楽園の黄色いビルを見るたびに、
子どもの頃のワクワクした気持ちがよみがえります。
そして親になったとき、
今度はその思い出を子どもへ渡したいと思い、
何度も同じ場所へ足を運びました。
振り返ってみると、
親が残してくれたのは遊び場ではなく、
「幸せだった記憶」だったのかもしれません。
だから、人と比べる必要はありません。
育った環境が違えば、
大切にしたい思い出も違って当然です。
皆さんどう思いますか。
本日の川柳
常識は 家の数だけ あるらしい